1.上五体言+や+下五体言

下記は、芭蕉が上五の名詞あるいは名詞句(体言)に「や」の切れ字を使った場合の例句例。 

特徴1.上五の体言+「や」の場合の下五は、ほとんどの場合名詞で、終わっている。(体言止め)

特徴2.上五の体言の表す現在の事象から、過去を懐かしみ下五の体言で止めるもの。
    つまり、上五の体言(あるいは、「のあるここ」「のとき」)は、下五の体言だったなあ。と訳せる関係。

         竹の子稚(おさな)き時の絵のすさび
            (竹の子が生えたなあ、竹の子は子供の頃の絵遊びの素材だったなあ)

         夏草兵どもが夢の跡
            (夏草が茂っているなあ、ここは、昔武士たちが夢を求めて戦った跡だなあ)

         古池蛙飛び込む水の音
            (静かな古池だなあ。この池の静けさを破って、蛙が飛び込んだなあ)

         象潟(きさがた)雨に西施が合歓の花
            (象潟は雨だなあ。あの美しい合歓の花に雨が降りしきる時
            眠るように美くしい西施が思う気持ちと同じような気持ちです。
            悔しいやら悲しいやらで恨みたくもなる気分かなあ。)

         菊の香奈良には古き仏達
            (菊の香で気分が落ち着くなあ。菊の香漂うこの奈良には、古い仏像が
            たくさんあって気持ちが落ち着くなあ。)

 

特徴3.上五の体言で詠嘆し、そのそばの情景を下五の体言で、さらに詠嘆を増幅して表現するもの。
    つまり、上五の体言(あるいは、「その上に」)は、下五の体言が素敵だなあ。と
    訳せる関係。)。

         荒海佐渡に横たふ天の河
            (「荒海もいいなあ」更に佐渡の上空に横たわる天の川が
             すごくきれいだなあ)

         三日月地は朧なる蕎麦畑
            (「三日月がきれいだなあ」更に地上には白い蕎麦の花が
             朧に見えてすごくきれいだなあ)

         古池蛙飛び込む水の音
            (静かな古池だなあ。この池の静けさを破って、蛙が飛び込んだなあ)

         行く春鳥啼き魚の目は泪
            (春が行ってしまうなあ。惜春の情が分かるのだろうか
             鳥は泣き魚の目には涙がにじんでいるように見えるよ)

         六月(ろくがつ)峰に雲置く嵐山
            (雨の六月だなあ。そういえば嵐山の上には入道雲が出ているよ。

         清滝波に散り込む青松葉
            (清滝の流れが心地いいなあ。
            浪に散り込んで行く青松葉の様子も美しく心地いいいなあ。)

 

特徴4.上五の体言に対し、上五の体言の表す風情の典型として例示的に下五を表現するもの。
    つまり、上五の体言は、「言ってみれば」下五の体言みたいなものだなあ。と訳せる関係。

 

 

         さびしさ華のあたりの翌檜(あすなろう)
            (「さびしさ」って、言ってみれば、桜の傍の翌檜って感じかなあ)

 

         閑(しず)かさ岩にしみ入る蝉の声
            (「閑かさ」って、言ってみれば、岩にしみ入るように聞こえる蝉の声かなあ)

 

         衰ひ歯に喰ひあてし海苔の砂
            (「衰ひ」って、言ってみれば、歯に喰ひあてた海苔の砂って感じかなあ)

特徴5.上五の体言に象徴される境地に、自分の境地を重ねて表現するもの。
    つまり、上五の体言(あるいは、「その境地」)は、全体として私の境地と同じだなあ。
    訳せる関係。)。

 

 

         此の道行く人なしに秋の暮
            (此の道は私以外誰も行く人もない秋の夕暮れの道、さみしい道である。
            私の人生も、結局は私一人で進む孤独な道でしかない。
            思えば、人間ってそんなもんかもしれないなあ。)

 

         蛸壺はかなき夢を夏の月
            (蛸壺の暗い中で、蛸は儚い夢を見ているのかなあ。
            暗く小さな自分の世界で夏の月を見ている自分と同じようなものだなあ。
            思えば、人間ってそんなもんかもしれないなあ。)

 

 

古池蛙飛び込む水の音 (「春の日」 貞享3年)

名月池をめぐりて夜もすがら (「孤松」 貞享3年)

荒海佐渡に横たふ天の河 (「奥の細道」 元禄2年)

象潟(きさがた)雨に西施(せいし)が合歓(ねぶ)の花 (「奥の細道」 元禄2年)

さびしさ華のあたりの翌檜(あすなろう) (「笈日記」 貞享5年)

閑(しず)かさ岩にしみ入る蝉の声 (「奥の細道」 元禄2年)

蛸壺はかなき夢を夏の月 (「笈の小文」 貞享5年)

夏草兵どもが夢の跡 (「奥の細道」 元禄2年)

行く春鳥啼き魚の目は泪(なみだ) (「奥の細道」 元禄2年)

衰ひ歯に喰ひあてし海苔の砂 (「己が光」 元禄4年)

菊の香奈良には古き仏達 (「杉風宛書簡」 元禄7年)

清滝波に散り込む青松葉 (「笈日記」 元禄7年)

此の道行く人なしに秋の暮 (「其便」 元禄7年)

竹の子稚(おさな)き時の絵のすさび (「猿蓑」 元禄4年)

三日月地は朧なる蕎麦畑 (「三日月日記真蹟」 元禄5年)

六月(ろくがつ)峰に雲置く嵐山 (「杉風宛書簡」 元禄7年)